
家族も含め私生活を丸ごとさらされる批判の嵐。一教員に全責任を押しつける前に考えるべきことがあります。北越高校男子ソフトテニス部顧問・寺尾宏治氏、磐越道バス事故、部活動引率について。
2026年5月6日に発生した磐越道バス死亡事故をきっかけに、北越高校男子ソフトテニス部顧問の寺尾宏治さんへの批判がインターネット上で激化しています。「家族は何をしているのか」「妻や子供はいるのか」というプライベートな詮索まで拡散し、まるで事故のすべての責任が寺尾さん
一人にあるかのような空気が生まれています。しかし、報道で確認できた事実を冷静に整理すると、批判の矛先が一人の教員に集中しすぎている構図が浮かび上がってきます。
「家族」まで叩かれる異常な状況
まず前提として確認しておきたいのが、寺尾宏治さんの家族構成については、現時点で公表された情報はありません。結婚しているかどうか、妻や子供がいるかについても現時点では不明です。
それにもかかわらず、ネット上では「家族はどう思っているのか」「妻子がいるなら恥ずかしい」といった言説が広がっています。事故の当事者でも何でもない家族のプライバシーまで巻き込んだ批判は、もはや正当な責任追及とは言えません。報道されていない情報を根拠に人を叩く行為は、事実に基づいて物事を判断すべき私たちの姿勢そのものが問われる問題です。
20年近く生徒のために走り続けた指導者
批判が集中する寺尾宏治さんとはどのような人物なのか、改めて確認しておく必要があります。 寺尾宏治さんが顧問に就任して以来、北越高校男子ソフトテニス部は目覚ましい成長を遂げました。県大会での優勝は珍しくなく、インターハイや全国選抜大会の常連校としての地位を確立しま
した。その厳しくも情熱的な指導スタイルは、多くの有望な選手を同校へ惹きつける要因となっていました。部員一人ひとりの技術向上だけでなく、チームとしての結束力を重視する姿勢は、多くの教え子たちに影響を与えてきました。
さらに、新潟県スポーツ協会の公式資料には、2024年の国民スポーツ大会ソフトテニス少年男子の「監督」として「寺尾宏治・北越高校(教)」との記載が確認されています。自校だけでなく新潟県全体のソフトテニス界を長年支えてきた指導者です。そのような人物が、今回の事故を「防ぎたかった」と思っていないはずがありません。
「同乗しなかった」は本当に悪意ある行動だったのか
最大の批判点である「顧問がバスに乗らなかった」という事実。これを意図的な責任逃れと見る声がありますが、当日の状況は全く違います。
当日の朝、寺尾さんは午前5時20分頃に学校に到着しました。部員全員が乗り込み、荷物を積んだところ、出入口付近まで荷物があり、バスに乗り込むことが難しいと思ったことと、なじみのない場所なので現地で車があった方が便利だと思い、自分の車で移動することを決めました。
これは「逃げた」のではなく、その場の状況から判断した、ごく自然な行動です。寺尾さん自身も、「私がバスに同乗してさえいれば、事故を防ぐことができたかもしれず、同乗しなかった判断は誤りだった」と述べ、謝罪しています。後から振り返れば誤りだったとしても、その瞬間に「悪意」や「怠慢」があったと断定する根拠はありません。
バスの手配——「知らなかった」は嘘なのか
請求書に「レンタカー代」の記載があったにもかかわらず気づかなかった点も批判を受けています。しかし、寺尾さんは「請求書の総額を確認するだけで、見逃していた」と語っています。
これを「嘘だ」と断じる前に考えてほしいのは、教員という仕事の実態です。部活動顧問は授業・校務・指導を掛け持ちしながら、遠征の手配・会計・引率まで一人でこなすことが珍しくありません。昨年度までは複数の顧問体制で遠征に臨んでいましたが、今年度は副顧問が交代となり、
スケジュールの都合で同行できない状況が続いていたといいます。つまり寺尾さんは、本来複数人で担うべき業務を事実上一人で抱えていた状況にありました。
本来問われるべき「構造的問題」
「北越高校で10年以上勤務する寺尾氏の赴任当時から、すでに高校と蒲原鉄道との取引はあったといいます。バス会社との慣習を見直すことなく、部活側に安全管理を”丸投げ”していた高校側の責任は重大」との指摘が報道でも出ています。
寺尾さんが赴任する以前から続いていた取引慣習、学校の管理体制の欠如、副顧問体制が機能しなくなっていたこと、そして二種免許を持たない68歳の運転手を手配したバス会社の問題——これらすべてが絡み合って起きたのが今回の事故です。それを一人の顧問教員に集約して叩くことは、問題の本質から目をそらすことになります。
亡くなった生徒への思い
亡くなった稲垣尋斗さんへの思いを言葉を詰まらせながら語った寺尾さんは、10日夜に行われた会見で姿を見せ、謝罪とともに「バスへ同乗しなかった」ことへの後悔の思いも口にしました。
声を震わせ、言葉を詰まらせながら語った寺尾さんの姿は、複数のメディアが伝えています。「3年生になって実力的に上の後輩が入ってきても明るくチームを盛り上げてくれていた」という言葉には、教え子を失った指導者の真の痛みが滲んでいます。
まとめ——批判の前に「構造」を見よ
寺尾宏治さんへの批判の多くは、確認されていない情報や感情的な憶測に基づいています。家族のプライバシーへの詮索に至っては、事故とは無関係な誹謗中傷と言わざるを得ません。捜査は現在も継続中であり、法的責任の所在はまだ確定していません。
今私たちが問うべきは「誰が悪いか」ではなく、「なぜこういう構造が生まれたのか」です。部活動の安全管理を一人の教員に丸投げする学校体制、予算の制約の中で強行される遠征、機能しない副顧問体制——これらの問題を変えていかなければ、同じ悲劇はまた繰り返されます。
寺尾宏治という一人の教員を「悪者」にして終わらせることが、亡くなった稲垣さんへの本当の追悼になるとは思えません。今後このような悲惨な事故が二度と起こらないように、構造の改革を願うばかりです。