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寺尾宏治は指導歴20年の国体監督だった|なぜ「重鎮」がナンバーも確認せず生徒20人を見知らぬ68歳に預けたのか 磐越道バス死亡事故

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北越高校ソフトテニス部顧問・寺尾宏治氏(42歳前後)。新潟のソフトテニス界でその名を知らない者はいないと言われるほどの実力者が、今、生徒の命を奪った事故の当事者として厳しい視線にさらされています。

寺尾宏治とはどんな人物か|経歴と実績

寺尾宏治氏は、北越高校を全国常連校へと押し上げた立役者とされています。2019年には北越高校ソフトテニス部顧問として就任6年目(指導歴13年目・当時35歳)で、2年ぶり9回目のインターハイ出場へチームを導きました。

新潟県スポーツ協会の公式資料には、2024年の国民スポーツ大会ソフトテニス少年男子の「監督」として「寺尾 宏治・北越高校(教)」との記載が確認されています。新発田市スポーツ協会が公開する2024年の国民スポーツ大会出場者関連ページでも、ソフトテニス少年男子の「コーチ」

として「寺尾宏治 北越高校(教)」との記載があり、2024年時点で北越高校の教員としてソフトテニス競技に深く携わっていたことは確実です。2026年現在、42歳前後と推定され、北越高校教諭として20年近いキャリアを持つベテランとされています。

なぜ国体監督が安全管理を見落としたのか

輝かしい指導実績を持つ寺尾氏ですが、今回の事故では安全管理の面で複数の問題が浮かび上がりました。昨年度までは複数の顧問体制で遠征に臨み、少なくともどちらか1人がバスに乗る体制が維持されていましたが、今年度は副顧問が交代となり、スケジュールの都合で同行できない状況が続いていたといいます。

寺尾氏は「他の教員も含め、休日は多くの運動部が県外へ遠征に出ており、学校としては通常通りのスケジュールだった。そのため、他の先生に空いているか確認する発想自体がなかった」と説明しました。

バスのナンバー確認については「恥ずかしい話だが、したことはなかった。蒲原鉄道に依頼したつもりでいたので、来たバスがどうだとか思ったことはなかった」と述べました。運転手についても、蒲原鉄道の所属かどうか確認していなかったと認めました。過去の請求書については「総額を確認するだけで、見逃していた」と語り、白ナンバーのレンタカーが使われていたことへの気づきがなかったと認めました。

事故当日の行動|バスより先に現地へ、気づけば数キロ先に

事故当日、寺尾氏は自家用車でバスの後ろを走行していましたが、途中で道が分かれ、バスより先を進んでしまいました。後に「常にバスが見える範囲で走るべきであり、この判断も誤りだった」と後悔を口にしています。

事故の知らせが入ったのは午前7時41分ごろです。走行中の車のハンズフリー着信で部員から連絡があり、事故を知りました。バスより数キロ先にいた寺尾氏はすぐUターンを試みましたが、反対車線も通行止めになっており、近くの駐車場で待機することになりました。

3年前にも事故、保護者との取り決めを守れず

3年前の北海道・苫小牧でのインターハイ直前、レンタカーで事故を起こしていたことも問われ、寺尾氏はこれを事実と認めました。その後の保護者会で「遠征に自分が運転することはしない、運転する場合は他の顧問も同乗する」という取り決めを行ったと述べました。

過去の事故を受けた安全上の取り決めがあったにもかかわらず、今回は顧問が単独で別車両を走らせ、生徒を無監督状態にしました。指導者として積み上げてきた実績と、安全管理の空白があまりにも対照的だったことが、批判をさらに強めています。

    「名将」と「バス会社」の間にあった慣習

    寺尾氏という長年の付き合いがある指導者と蒲原鉄道との間に積み重なった「阿吽の呼吸」が、いつしかコンプライアンスを置き去りにしていた可能性は否定できないという見方もあります。指導者として輝かしい経歴を持つ寺尾氏が今最も重い責任を問われているのは、技術指導以前の根本的な部分、生徒の命を預かる安全管理だったと考えられます。

    警察・国土交通省の捜査が続く中、「新潟ソフトテニス界の重鎮」がどのような法的・組織的責任を問われることになるのか、今後の展開が注目されます。

    追記|寺尾宏治氏をめぐる新たな事実

    第2回会見で初めて公の場へ|謝罪の言葉と後悔

    5月10日午後6時半過ぎから開かれた2回目の記者会見に、寺尾宏治氏が初めて出席しました。会見の冒頭で寺尾氏は「生徒を安全に引率すべき立場にありながら、このような惨事を防げなかったこと、責任を重く感じております」「今振り返ると、私がバスに同乗しなかった、この判断が誤りであったと思います」と述べ、謝罪しました。

    亡くなった稲垣尋斗さん(17)への思いについては、言葉を詰まらせながら「3年生になって実力的に上の後輩が入ってきても明るくチームを盛り上げてくれていた」と語りました。稲垣さんについて「人なつっこい性格で、後輩の面倒も優しく見てくれた」「彼より上手な後輩がいたが、明るく盛り上げ役になってくれ、練習の合間に進路の話もしていた」と振り返りました。

    バスに乗れなかった「本当の理由」

    当日の朝について、寺尾氏はこう説明しました。「午前5時20分頃に学校に到着した際、欠席の3人を除く部員20名が集合しており、蒲原鉄道が手配したバスも到着していた。担当者の金子氏と運転手に挨拶をし、行き先を確認してバスのナビに設定をした。運転手とは面識はなく、このときが

    初対面であり、その後、部員全員でバスに乗り込んだが、出入り口付近まで荷物があり、自分がバスに乗り込むことが難しいと思ったことと、なじみのない場所なので現地で車があった方が便利だと思い、自分の車で移動することを生徒と金子氏に伝えた」と述べました。

    後付けの言い訳とも受け取れるこの説明に対し、保護者からは厳しい反応が寄せられました。保護者会では「顧問が同乗していれば防げた」「教員としてどうなのか」との声が上がったといいます。

    蒲原鉄道への複雑な感情を吐露

    会見の終盤、寺尾氏は蒲原鉄道に対する思いを問われ、思わぬ発言をしました。「急遽の遠征、練習試合だったりとかで、結構、金子さんには融通をきいてもらったというような思いでおりまして。だからこそ信頼していましたし、わがままを言わせてもらったところもあるんですよね」と感

    謝の気持ちを述べました。さらに「もしかすると金子さん的には、少しでも安く済ませた方が寺尾が喜ぶんじゃないかとか、そういう風に思った可能性もありますし。そういったところでは、感情が非常に複雑ではあります」と語りました。

    この発言は「問題のすり替えが酷い」「被害者アピールだ」との批判を招き、ネット上を中心に強い反発を呼びました。

    契約書なし、見積書なし|杜撰な取引慣行の全容

    高校と蒲原鉄道とのやりとりは口頭だったといい、事前の正式な見積書や契約書の取り交わしは行われていませんでした。さらに、国が事業者に交付を義務付けている運送引受書を高校が受領していなかったことも判明しました。

    過去に蒲原鉄道から発行された請求書には「貸し切りバス」と「レンタカー代・人件費」の2パターンがありましたが、寺尾氏は総額を確認するのみで支払い担当者に渡していたといいます。また、バスのナンバープレートや運転手の所属について、これまでの遠征でも一切確認していなかったことも明らかになりました。

    今後の法的責任|3つの焦点

    2026年5月10日時点で、寺尾氏は引き続き北越高校の教諭の立場にあるとみられ、懲戒処分や解任といった発表は現時点では行われていません。

    今後の焦点として、以下の3点が挙げられます。

    ①白バス行為への関与 白ナンバーのレンタカーを使った有償運送は道路運送法に抵触する可能性がある。福島県警は5月8日に蒲原鉄道への家宅捜索を実施しており、今後さらに学校側への捜査が及ぶ可能性も指摘されている。

    ②民事上の賠償責任 被害者・遺族に対する損害賠償については、学校法人、蒲原鉄道、そして若山容疑者個人の三者が当事者となる可能性がある。学校側は保護者会で「けが人の治療費負担などを伝えた」とされているが、補償の具体的な内容は公表されていない。

    ③教員としての処分 安全管理上の重大な過失、ならびに3年前の事故を受けた保護者との取り決めを守れなかったという経緯を踏まえ、学校法人としての判断が問われる。

    私たちは、事件の行く末を見守るしかできないのか。もう二度とこのような痛ましい事故は起きないでほしいと思うばかりであります。